モノを買わなくても、幸せになれる
遺贈寄付の実践法
自分が死んだ後に、遺言などに基づいて行う「遺贈寄付」。近年、人生最後の社会貢献として注目されている。遺贈寄付を実践する方法や情報収集のコツについて、専門家に聞いた。
遺言や信託で広がる寄付の選択肢
近年、死後に遺産を寄付する「遺贈寄付」をしようと、NPOなどへの問い合わせが増えているという。遺贈寄附推進機構の齋藤弘道さんは「コロナ禍などを経て、“死”を意識する機会が増えてきたことが一因にあると感じます。これまで『終活は自分にはまだ早い』と考えていた方たちが動き出したことで、遺贈寄付への関心もおのずと高まっているのではないでしょうか」と話す。
遺贈寄付を実現するためには、遺言などでその意思を示す方法が一般的だ。現在広く使われているのは、自筆証書遺言と公正証書遺言の2種類。このほかに信託を活用して遺贈寄付をする方法もある。遺贈寄付に使える信託には、遺言代用信託や生命保険信託などがある。
「信託は財産が受託者(信託銀行など)に移転して管理されるため、遺言のように形式不備や遺贈の放棄などで財産が引き渡されないことがなく、確実に寄付が実行できます。例えば遺言代用信託は名前のとおり遺言の代わりとして利用できるものですが、申込書や契約書に記入するだけで簡単に手続きできるうえ、遺言のように遺言執行者を別に決めたり、保管場所を用意する必要はありません。遺贈寄付を考えている方にとっては非常に使いやすい仕組みになっていると思います。最近は遺贈寄付特約が付いた商品が登場するなど、ラインナップが広がっています」
自宅や全財産の遺贈は事前に相手に相談を
よかれと思った寄付でも、内容によっては処分に困ってしまうケースがある。遺贈寄付を考える際は、自分が寄付したい財産を、寄付先が必要としているかも重要な観点だという。
「『全財産を○○へ遺贈する』という包括遺贈を希望する方が多いのですが、団体によっては受け入れが難しいケースがあります。相続が始まってから遺贈を放棄されたら、遺言者はすでに死亡しているため取り返しがつきません。包括遺贈や不動産の遺贈寄付を考えている場合は、事前に受け入れ団体に相談をしておくとスムーズです」と齋藤さん。
遺贈先選びに悩んでいるときは、まずは少額で寄付をしてみることがおすすめだ。多くの団体では寄付者に対して活動状況を報告するため、お金がどんなふうに使われているかを知ることもできる。
遺贈寄付は人生最後の社会貢献と言われるが、齋藤さんは「遺贈寄付は社会のためだけでなく、寄付した本人も幸せにしてくれる行為です」と語る。
「遺言や信託で寄付の準備をしても、生きている間に自分に利益がもたらされることはありません。しかし遠い未来に、自分の寄付が、思い描いた社会をつくる確かな一歩となる。そう信じられることは、自分自身に誇りと幸福感をもたらしてくれます。遺贈寄付とは、自分の意思で、まだ見えない未来を自ら選び取っていくことなのです」
【TOPICS】
寄付を通じて、自分の人生に意味を見出せた
技術開発企業・ケィテック創業者の金子一夫さんは、社会へ恩返ししたいと遺贈寄付の意思を固め、遺言を準備しました。遺贈寄付を決めた経緯や、寄付に込めた思いを伺いました。
――遺贈寄付を決めた経緯をお聞かせください。
物心ついたときは第二次世界大戦の真っただ中。貧しさから人生が始まりました。困難はありましたが、親の大きな愛情を受け、社会から無償の教育をはじめとした恩恵をいただいたおかげで、今日の私があります。母を看取り、自分の人生がある程度見えてきたとき、このまま何もせず世を去ってよいのだろうかと自問するようになりました。これまで築いてきた財産で社会のために恩返しできれば、人生に意味を見出せる。そうすればきっと笑顔で死の床につけると考え、遺贈寄付を決めました。
――遺贈寄付の計画はどのように立てましたか?
現在の平均余命からライフプランを立て、自分自身が使って残った財産は寄付できるように遺言書にまとめました。孫には教育資金を残し、子どもたちには残さないつもりです。変にいさかいになっても嫌ですしね。あとは家内が生活に困らないように残しつつ、寄付先を自然保護団体など6力所くらい選んでいます。生きているうちにも寄付を進めたいと考えています。
――手続きを終えた心境をお聞かせください。
遺贈で世の中に貢献できると考えると、死ぬのが楽しみになっているんですよ(笑)。このほかに、社員の自己啓発を補助する「かずお基金」を設立したり、社員の子弟が大学進学、高校進学する際にも無償の奨学金を出せるようにしています。長年会社を経営してきましたが、自社の発展だけを考えていてはダメだと思いました。自然や社会が傷付いていたのでは正常な事業を営むことはできません。事業を伸ばしながら、同時に自然環境を守り、次世代に想いをめぐらせていくことは事業をしているものの責任だと思います。
――ありがとうございました。